映画『北の桜守』 大ヒット公開中!

川崎幸クリニック院長 杉山孝博×映画『北の桜守』監督 滝田洋二郎&医療監修 和田秀樹 スペシャル鼎談映画を観てわかる、“認知症”対応のヒント川崎幸クリニック院長 杉山孝博×映画『北の桜守』監督 滝田洋二郎&医療監修 和田秀樹 スペシャル鼎談映画を観てわかる、“認知症”対応のヒント

『北の桜守』のメガホンをとった滝田洋二郎監督は「吉永小百合さんは、スクリーンから“いつでも夢を”と観客の皆様に歌い続けている方。『北の桜守』は、その吉永小百合さんが認知症と真っ正面から向き合った映画でもあります」と語る。高齢者の脳や心の病全般に対応する内科・老年科で診察を続ける川崎幸クリニック院長の杉山孝博先生を迎え、滝田監督、そして本作の医療監修を担当し、川崎幸クリニック老年科医師も務める精神科医の和田秀樹さんに、認知症問題という切り口から、本作について大いに語っていただいた。

川崎幸クリニック院長 杉山孝博×映画『北の桜守』監督 滝田洋二郎&医療監修 和田秀樹 スペシャル鼎談 (左から)和田秀樹先生、(ポスターを挟んで)杉山孝博先生、滝田洋二郎監督

—— まずは映画『北の桜守』をご覧になられた、杉山先生の感想からお聞かせください。

杉山今の社会を作ってくれた日本人の原点ともいうべき、戦後日本人が経験した苦労がよく伝わってくる映画でした。終戦直前のソ連軍の侵攻や内地への引き揚げシーンなど、今日の日本人が想像できないほどの悲惨さが余すことなく表現されているなと。もう一点、長年認知症問題に携わってきた身としては、ストーリーの中で、主人公のてつ(吉永小百合)が認知症と思われるさまざまな症状を見せ、それを息子の修二郎(堺雅人)を中心とした周囲の人々がうまく受けとめ、対応しているところがいいと思いました。

滝田映画の後半、旅先の駅で、修二郎に「そろそろ戻ろう」と言われたてつが「いや」と拒むシーンがあります。おばあさんが意地を張ったような、およそ吉永さんらしからぬ言い方をお願いしたんです。吉永さんにも驚かれながら、現場で何テイクもやりました。 認知症の症状は人それぞれで、決まりがない分、その表現が難しかったですね。今回、医療監修として参加してくださった和田先生に教えていただきながら、手探りで撮りました。

和田撮影前、吉永さんから「気丈な人が認知症になった場合、どうなるのか?」という質問を受けました。本当は人に頼らなければならない状況でも、余計に気丈になることが多いと説明したら、納得されました。

杉山 杉山孝博先生

杉山認知症が進行しても、プライドがあるからこそ、八百屋のシーンで修二郎に「ボケが来ておりますので」と言われた時、てつはああいう表情になったのでしょう。

和田認知症の症状の見え方は十人十色。よく認知症になると、子供時代に返ると勘違いされがちですが、実はその人にとっての良い時代に戻るのです。

杉山記憶として残るのは強い情動です。例えば私たちも、2011年3月11日の記憶ははっきりとある一方で、1週間前のことをよく覚えていなかったりする。

和田だんだんといろいろなことを忘れていく中で、誰もが子供時代のことを覚えているとは限らない。つらかったことや楽しかったこと、喜怒哀楽の中でいちばん覚えている感情が、最後の記憶の世界として残る。

杉山クライマックスの海のシーンがそうですね。長男を守れなかったという凄まじい情動が、認知症が進むてつの中に残っていたから、夢中で海へ走り出してしまう。

滝田映画では、現在と過去をカットバックさせて構成しましたが、てつの目には、今起きている出来事として見えていたのでしょうね。

杉山吉永さんは認知症の症状を自然に演じていましたね。鏡に映った自分に話しかけるところなども、とてもナチュラルでした。

滝田 滝田洋二郎監督

滝田我々が思う以上に認知症の症状がしっかりと描けていたのなら、それはとても嬉しいことです(笑)。

杉山鏡に映った姿が自分とは思えなくなることを「記憶の逆行性喪失」と言います。本人は昔にさかのぼって、若いつもりでいるので、鏡に映る姿を他人だと思う。同様に自分の夫もまだ若い男性のはずなのに、目の前にいる夫は年を取っているので、混乱してしまうんです。そういう時は、周囲の人が状況を理解して、本人に話を合わせて、安心させてあげた方がいい。本人にとって夫じゃないのならば「お邪魔しています。もうちょっとここにいてもいいですか?」と穏やかに声をかけて、他のことに気持ちを逸らしてあげる。認知症の症状が表れてからも、私が提唱する「認知症の九大法則」のひとつで「まだら症状の法則」と言って、正常な部分と認知症の部分が混在する様子なども、この映画の中ではリアルに描かれていましたね。認知症が進んでも、心は生きている。母親としては、息子に迷惑をかけたくないから、姿を消そうとする。そういう人間性の問題も、うまくストーリーに組み込まれていると思いました。

和田ラストシーンのてつと修二郎のやりとりも、とてもいいと思いました。満月の夜、満開の桜の下で「お帰りなさい」というてつの言葉を、修二郎は「ただいま」と笑顔で受け容れる。認知症になったことで、幸せになる人もいるという裏テーマ(!?)が伝わってきました。

滝田私としては、認知症に関わらず、てつの人生におけるハッピーエンドとして描いたつもりだったのですがね(笑)。作り手の意図以上に感じてくださるものがあるならば、それこそまさに映画の醍醐味というものです。

杉山この映画を観た、私の病院に勤める看護師が、修二郎と一緒に旅をする中で、つらい思い出を思い出しても「生きて来た中でいちばん楽しかった」と言う、てつのセリフが印象的だったという感想を話してくれました。先ほどの情動の話で言えば、てつにとって、夫と交わした約束はよい情動だったということですね。

和田 和田秀樹先生

和田「認知症は神様がくれた病気」という人もいる。自分にとって嫌なことや都合の悪いことが忘れられるから。認知症になったことで、てつは長年、苦しめられてきたトラウマから解放された。まさに杉山先生のおっしゃる「自己有利の法則」ですね。

杉山それは自己保存の本能に根ざすものだと私は思っているんですよ。

滝田つまり、理屈じゃないんですよね。ボケて幸せになる人がいるのならば、素直にそれを喜ぶべきであると(笑)。

和田世俗の価値観に引きずられず、その人の物語を受け容れた方が、周りにいる家族も楽になる。

杉山私の周りでこの映画を観た人は皆、泣いたそうです。「初めて映画をもう一度観たいと思った」と言う看護師もいました。介護の苦労を経験した人にとっては、共感できるものがある。経験者の頭と体に、すっとしみ込む映画だと思います。認知症の症状は、目が見えなくなるなどの身体的な症状とは違い、体感的に理解しにくいものです。映画には強烈な力がありますから、この映画が認知症を知らない人にとっての理解のきっかけになってくれればと願います。

—— 認知症患者の数は、2017年には約550万人、2025年には約700万人と推定されていますが、認知症になりやすいタイプというのはあるんでしょうか?

杉山認知症の最大の要因は加齢です。誰でも年を取れば、皮膚に皺ができたり、髪の毛が抜けたり、耳が遠くなったりと、自然と身体機能は落ちる。ある年齢以上になったら、認知症を病気としてではなく、老化と捉えた方がいいと考えています。

滝田老いというものは、未知なものだけに怖さもあるが、生きてきた大切な喜びを忘れないまま老いることもありですね。

和田例えば「リア王」を初期の認知症と気づかなかったコーデリアの悲劇として捉えると、シェイクスピア文学について新しい解釈ができる(笑)。『恍惚の人』(73)や『花いちもんめ。』(85)のような、認知症が悲劇的に描かれていた時代から、認知症第2ステージへ移ったといいますか、『北の桜守』を契機に、認知症をモチーフにした、もっといろいろなタイプの映画が生まれてほしいですね。

杉山孝博

川崎幸クリニック院長 杉山孝博

1947年愛知県生まれ。東京大学医学部卒。東大医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約80名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会の活動に参加。公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問、公益財団法人さわやか福祉財団評議員。
著書は、杉山孝博著「マンガでわかる 認知症の9大法則と1原則」(法研)、杉山孝博監修「これでわかる 認知症」(成美堂出版)、杉山孝博監修「認知症の人の不可解な行動がわかる本」(講談社)、杉山孝博監修「認知症の人のつらい気持ちがわかる本」(講談社)など。

和田秀樹

医療監修 和田秀樹

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業
東京大学医学部付属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、浴風会病院精神科、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、アメリカ、カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現在、国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学専攻)、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
浴風会病院時代から高齢者専門の精神科医を本業とし、2000人以上の認知症患者の治療にあたる。また、川崎幸クリニックでは20年以上にわたり、患者の家族会を続けている。
著書に『間違いだらけの老人医療と介護』(講談社)『医者よ、老人を殺すな』(KKロングセラーズ)『困った老人のトリセツ』(宝島社)『「高齢者差別」この愚かな社会』(詩想社)『家族がボケる前に読む本』(廣済堂出版)『人は「感情」から老化する』(祥伝社)など。翻訳書に『認知症の人を愛すること』(ポーリン・ボス著、誠信書房)などがある。
映画監督としては、2007年12月劇映画初監督作品『受験のシンデレラ』でモナコ国際映画祭最優秀作品賞受賞、2012年8月には第二回作品『「わたし」の人生』(介護離職をあつかった人間ドラマ、秋吉久美子、橋爪功主演)公開もモナコ国際映画祭で、人道的作品監督賞など4冠を受賞する。最新作『私は絶対許さない』はノイダ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。

©2018「北の桜守」製作委員会